この記事は、文化放送PodcastQRで毎週月曜日に配信されている「【中学受験】おおたとしまさの『校長室訪問』」の内容を、確認クイズ付きでWeb再録したものです。
配信内容の主要部分を書き起こすとともに、その一部を「穴埋め(ブルダウン式の三択)」クイズにしております。
番組を聴きながら穴埋めを完成させて、楽しみながら学校への理解を深めていただければ幸いです。
今回お届けするのは、
桐朋中学校(東京都国立市)の校長である原口大助先生のお話(全4回)の第3回です。
※その他の回をお読みになる場合は、下記リンクをご利用ください。(配信後、順次追加していきます)
第1回 第2回 第4回
番組の聴取は下記より↓↓
【大切なお願い】
※このWeb再録は、「【中学受験】おおたとしまさの『校長室訪問』」をより楽しんでいただくための取り組みとして、文化放送様の許諾をいただいて実施している特別企画です。
クイズを楽しんでいただいたあとは、ぜひページ末尾のアンケートフォームから、番組のご感想やリクエストなどをお送りください。
この企画を続けていくことができるかは皆さまのお力にかかっております。ご協力、どうぞお願いいたします!
※本テキストの著作権は、株式会社文化放送に帰属します。本テキストの一部または全部を無断で複写・複製することは法律で禁じられております。
Topics1:卒業生の言葉
「先が見えないのは現在だけでしょうか?」
おおたとしまさ氏(以下、おおた):
(今回は)先生が最近気になっているニュース、または社会課題があれば教えていただきたいのですが。
桐朋中学校
原口大助 校長(以下、原口):
やはり本校もさまざまにコロナウイルスの影響を受けている中、イレギュラーな状況も続いておりますし、我々自身もなかなか先行きが見通せないなぁと感じております。どうしていくべきなのか、どう運営できるのか、さらに言えば、判断の根拠をどこに見出したり、優先順位をどうつけていくべきか、正直、迷いや不安を感じながら学校の教育に取り組んでおります。
そうした中で、本校の卒業式――10年ほど前の2012年の3月に、本校の高校の方の卒業式で卒業生の代表が述べた、次のような言葉を改めて思い出しました。
「目の前に広がる時代の現実は、前途洋々たるものとは言えません。『失われた20年』『先行き不透明』『未曽有の国難』――こうした言葉は身の回りにあふれ、もはやありふれたものとなってしまっています。そうした危機が叫ばれる一方、救世主を自動的に待望する風潮があるようにも思います。
しかし、先が見えないのは現在だけでしょうか?歴史上すべての時代で、今、我々が習う筋書きのごとく物事が進むと誰もが見通せていたのでしょうか。一人ひとりは名を残さない民衆が革命を起こしたこともあれば、救世主が実はとんでもない野心家で、気づいた時にはすでに手遅れだった――そうしたこともあったのです」
こんなことを話してくれました。これに続ける形で、彼は、個性を最大限に発揮しながら尊敬できる仲間と切磋琢磨した体験を語って、周囲と力をあわせながら主体的に取り組むことの意義を経験した桐朋での学びを活かして卒業生一人ひとりが時代を動かす「一因子」となり得るんだ、そう宣言してくれました。
彼の言葉を改めて思い返しますと、本校の持つ自主・(1)の精神、さらには、互いの個性を尊重しながら協働する、そうした経験、さらにはそこで培われた自己肯定感・自己効力感といったものが実にたくましいですし、状況にきちんと目を向け、自分で考えを巡らせながら本質をつかむ、そうした自らの意思で学び続ける姿勢の大切さを実感することができました。
<確認クイズ>
(1)に当てはまる言葉は何でしょう?
安易に救世主を求めない
原口:
本校では現在、これまで以上に「(1)的な学習者の育成」を強く意識して、(1)的な学びの実現に向けた指導に力を注いでいます。(1)的な学習についての考えとしては、生徒が自ら探究したい課題を見出し、工夫を凝らしながら学究にのめりこむ。また、生徒一人ひとりが試行錯誤しながら、学習の方法などを見つけ、自ら学ぶ。こういったことをテーマに掲げながら、彼らに(1)的な学びを実現させたい、そう願って色々な取り組みを進めています。
おおた:
先ほどの生徒さん――10年ぐらい前とおっしゃいましたが――その内容はまさに今にも通ずるということで今ご紹介をいただいたのだと思います。10年前といえば東日本大震災…
原口:
そうなんです。(東日本大震災の)直後の卒業式で、彼がそんなことを話してくれました。
おおた:
今、我々は新型コロナウイルスという目に見えないものに影響を受けているわけですが、当時は、放射能、原発事故の影響――もちろん地震そのものも大変だったのですが、その後も、原発事故がどれだけの影響を我々に及ぼすのかが全く見えない状況で。混乱も不安もあった状況での言葉だと思うのですが、まさに今と心理的な意味では重なっているところがあって。
世の中的に不安や鬱憤、閉塞感といったものが高まった時に、ついつい「救世主」を求めてしまう大衆心理が働いた時に、それが我々自身の足元をすくうこともあるんじゃないかと。誰かに頼るのではなくて、自分たちが小さな存在であっても「一因子」として力を寄せ合うことで世の中を動かしていこうじゃないかと。いわゆる(2)制の精神の大切さ、救世主願望がともすれば権威主義的になってしまう危険性を指摘しながら、でも、桐朋の精神である(2)的な精神を今こそ大切にしようじゃないかというそういうスピーチだったわけですよね。
原口:
本当に、高3生がこんな話をしてくれるとは我々、夢にも思っていませんでした。感心もさせられましたし、また、大変嬉しくも思いました。
<確認クイズ>
(2)に当てはまる言葉は何でしょう?
Topics2:自由研究
1946年から取り組みを開始
おおた:
そうですよね。そして――それはひとつの高校生のロールモデルと言ってよいのではないかと思いますが――そういう青年に育つように(1)的学習者としての学習環境を(桐朋では)用意していると。具体的にはどんなことをしていらっしゃるのでしょうか。
原口:
(1)的な学習をうながしていく取り組みのひとつとして、本校の自由研究をご紹介したいと思います。本校の自由研究のスタートは、戦後、桐朋として再出発をするその前の年=終戦直後の1946年に生徒が夏休みに取り組んだ作品・研究発表の展示・発表会を行ったことにあります。
その後、自由研究はずっと続けられ、(3)生全員が現在も取り組んでいます。1963年から優秀作品を作品集「桐の朋(きりのとも)」という冊子に掲載するようになり、2021年度末発行のもので、第59号を迎えました。ちなみに私、(3)3年生の時に「桐の朋」に研究論文が掲載された栄誉に浴したことがありまして。
おおた:
これ、生徒さんからするととても嬉しい、すごく名誉なことなのですよね。素晴らしい。
<確認クイズ>
(3)に当てはまる言葉は何でしょう?
評価される自由研究とは
おおた:
自由研究って、今でこそ色々な学校でやっていますけれども、確か1950年代ぐらいに自主的・(1)的な学習者を育てようという国家的なカリキュラム作りの中で提案されたものだったのですよね。ですからそれよりも先んじて、桐朋では自由研究が行われていたということなのですね。
原口:
はい。それ以来ずっと、生徒諸君の様々な活動を自由研究という形で残してくることができました。本校の自由研究で評価される作品というのは、教科学習で学んだものの見方や考え方をヒントにして、日常自らが(4)していることに疑問や関心をもってそれについて掘り下げた、そうした研究が高く評価されるという特徴があろうかと思います。
さらに、自分から動いて、自分なりに(5)をもって納得のいく研究を作り上げた、そうしたことが伝わってくる作品が評価されているように思います。
<確認クイズ>
(4)と(5)に当てはまる言葉は何でしょう?
先輩に刺激を受けつつ自分ならではの発想を磨く
原口:
ではどうして彼らがこういった研究に取り組むようになるのかという一つの可能性なのですが、本校では、優秀作品を「桐の朋」という形で作品集として残している以外に、優秀な作品を作った(先輩にあたる)中学生が、後輩に様々な形で「自分はどんなふうに取り組んでこの研究をしたのか」「どんなことがきっかけだったのか」といった(6)を紹介してくれているんですね。
そういったものを見聞きする中で、今度は自分が、「自分はどんなことに興味・関心があるんだろう」とか「どんな点を解き明かしたいんだろう」とか「自分はどんなことに取り組むと意欲が生まれるんだろう」――そんなことに日頃からアンテナを張っていて、それが彼らならではのユニークな発想、魅力的な切り口、着眼点を生んでいるのではないかなと思っています。
おおた:
先輩たちの存在がロールモデルとなって、後輩を刺激するんだけれども、でも決して先輩たちの真似をするのではなくて「自分だったらどうするか」という自分らしさの追求が始まるということなのですね。
<確認クイズ>
(6)に当てはまる言葉は何でしょう?
いかがでしたか?
桐朋中学校の原口大助校長先生のお話・次回(第4回)配信分のテキストは こちら からご覧いただけます。
今回の内容のご感想やコメントなど、ぜひお送りください。
(私たちが責任をもって文化放送さんにお届けします)
こちらのフォームにご入力をお願いいたします↓↓